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【立ち読み】『麻煩偵探2 Lady Troublelove』本橋たかこ
 「あぁ、だから何なんだよぉ!ホテルに女連れ込んじゃ悪いってのかよ!」

 ペニンシュラのスイートルーム。日が暮れたばかりのヴィクトリア湾と香港島の淡い夜景をバックに、俺の目の前にいる男が吼える。レイバンのサングラス越しに、俺はそいつをじっと睨む。
 奴は三十代前後といったところ。肩までの長髪を振り乱し、中肉中背で肩を怒らせているが、その姿はまるで様になっちゃいない。身につけているシャツもブランド物らしいだが、着こなしは洗練さに欠ける。どこかヤクザくさいのだ。しかしこいつはヤクザじゃない。

 俺の後ろにはバスローブに身を包んだ女がいる。頬に殴られた跡を残した彼女は、奴に脅えることもなく、俺の腕をつかみながらそいつをじっと睨んでいた。俺はなるべく落ち着いた口調で奴に話し掛ける。

「ああ、悪いね。そもそも女を連れ込むなんて、このホテルの品位が落ちる。で、連れ込んだ女性に乱暴を働くなんて、なおさらだな」

「人のセックスに口出すな!大体その女、オマエのかよ?」

「お前のはセックスどころかファックでもない。レイプじゃねぇか」俺は多少語気を荒立てたが、それでも同じ口調で話すことを続けた。こういうバカの挑発に乗ってはいけない。

「この女は俺とは全くの赤の他人だ。大陸出身の娼婦だってこともわかっている。身体を使って金を稼いでいるから、金を出せばセックスするのには問題ない。―しかしだな、だからといってひどく殴っていいわけはねえだろうが」

「るせぇ!俺の勝手だろう!それにこいつが思いっきり金額を上げてきやがったんだよ!」
 ああいってるけど、ホント?と、俺は奴の言葉を北京語に直して女に聞いた。女が俺の耳元に唇を寄せて囁く。―どうやら、本当にその金額で商売しているらしい。

 そこで俺は多少脚色を加え、かなり大げさに言ってやった。

 「この女は確かに大陸の出身だが、モンコック旺角では今一番の稼ぎ頭と言われている娼婦だ。確かに身なりは貧しいが、情に厚い。だから地元でも愛されている。そんな女だったら、当然価値は高くなる。お前さんはしょせんスケベな日本人で、彼女の言葉なんてわからない。それでも、やっぱり彼女が提示した金額で払うべきだ。値切るなんて許されない。彼女のバックには旺角を仕切る黒社会がついているからな。こうやって傷つけるどころか、やり逃げしてみろ」

とここで一拍置いてグラサンを外し、奴をじっと睨みつけて後の言葉を強調した。

「黒社会の人間がお前をゆるさねぇぞ。お前を日本まで追いかけて、親戚縁者もろとも皆殺しに―」

「わかったよぉ!払えばいいんだろ払えば!」

と奴はセーフティボックスを開け、日本円の札束を取り出した。ほれ!とそれを女に突き出す。俺は彼女を促し、受け取らせる。女はベッドに散らかった服をかき集め、鞄に札束を突っ込んでバスルームに入った。奴は不満気で苦々しい顔をしている。

「非は明らかにお前にあるのに、なにそんな顔してんだよ。その金、どうせ父親の金だろ。国民の血税から集められた給料が、息子が買った女のために消えるなんて、国民が知ったらどう思うのだろうなあ?」

 男は負け犬の遠吠えのように言う。「―お前だって、日本人だろうが!」

「ああ、そうだよ」俺は落ち着き払って言う。

「だけど、お前の父親どころかその所属政党には、残念ながら票を入れたことがないんだ。なんせ俺、ここでの生活がかなり長い永久居民なもんでね。さらにいろいろあって在外投票すらできない。だから申しわけないが、故国の政治のことなんか、考えられないんだ」

 俺は着替えを終えた女を連れてスイートを出、心配そうに見ていたマネージャーやメイドたちに非礼を詫びて、口止め料としてチップを弾んだ。
二人でエレベーターに乗り、ロビーで別れた。彼女はにっこり笑って手を振り、そのまま夜のネイザンロードに消えた。

 彼女を見送り、かけていたグラサンを外してロピーラウンジに残った。そんな俺の姿を認めて手を振る人がいる。俺はそのほうへと歩き、彼の前に座った。

「―見てたぞ、神倉。ずいぶん派手にやりやがって。オマケにあの女、本物の娼婦だろうが。金はどうした?」

「もちろんもって行かせましたよ、ボス。なんであってもあれは彼女の儲けですから、こっちが横取りするわけにはいかない」

「ったく、なんてことをしやがるんだよ、依頼人の息子に」ボスは頭を抱えたが、本気で困っているといった口調には聞こえない。「お前の今回のミッションは、あのボンボンの世話だろうが」

「ええ、だからちゃんと世話しましたよ。ヘンなことをしないようにね」俺は努めて明るく言う。
「だけど、いくら父親が現役の代議士だからといって、三十歳近いのに親の脛を齧ってあんな下品な振る舞いをされちゃあ、親と関係なくても恥ずかしいでしょうが。それに『世話』というのは決して甘やかすことだけじゃないはずでしょう?むしろ、非常識なお坊ちゃんを叱責することこそ、本来の意味の世話になるってことですよ。さらに…」

と、俺はジャケットの裏ポケットより、デジカメから抜いたマイクロSDを取り出してみせた。

 「到着時からの全ての行動を、奴に気づかれないようにデジカメでしっかり記録しました。もちろん、さっきの失態もね。何かあったら、これを突きつけますよ。そうでなくてもあれでかなり懲りたみたいだから、クライアントもこっちの要求金額を払ってくれるでしょう」

 「…ったく、このTroublesome(やっかいもの)め。相変わらずずる賢いな」
ボスはため息をついて、苦笑いした。

「ともあれ、今回のミッションもこれで終了ってことだな。ご苦労さん」と、傍らに置いたギターのソフトケースを俺に手渡した。
「どうもです。これでレコーディングにはなんとか間に合いそうです。ギャラはいつもの口座にお願いします。それじゃ」

と俺は立ち上がり、ケースのストラップを肩に引っ掛けてボスと握手をした。

 背を向けて歩き出し、出ようとすると、彼が「おーい、SDをくれよ!」と追いかけてきたが、聞こえないふりをして早足で歩き、尖沙咀の夜の雑踏にまぎれた。

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